若ハゲ候補の幼少期


今から30年以上前、東京のとある郊外の街で
ある赤ん坊が生まれました。

 

その赤ん坊は、26年後にハゲる運命にありました。
その赤ん坊とはそう、この私自身です。

 

 

東京というと、新宿区、品川区、渋谷区など23区の
都会のイメージが強いと思います。

 

東京にはこういった都会だけでなく、郊外の街も
多くあります。

 

多摩地区と呼ばれる地域ですが、私はその地域の出身です。
東京以外の人は、この地域のことをあまり知らない人が
多いと思います。

 

例えば、小金井市、小平市、西東京市、昭島市など
聞いてもあまりピンとかないかもしれません。

 

下手をすれば、東京23区に住んでる人でもこういう
街の名前を知らないという場合が珍しくない
かもしれません。

 

 

この多摩地区で一番有名なのはおそらく東村山市でしょう。
志村けんのおかげでずいぶん有名になりましたので。

 

東村山市以外で有名なのは、八王子市や立川市
くらいでしょうか。

 

 

そういったマイナーな地域で、私は育ちました。

 

 

小学校入学の時点ですでに肥満児でした。
肥満と薄毛には関連があると考える人も
多いと思いますが、さすがにこんな
幼い時からはハゲてませんでした。

 

むしろこのころはフサフサでした。
当たり前かもしれませんが。

 

運動が嫌いで食べることは大好きで、ゲームばかり
やっていました。

 

好きな食べ物は、ハンバーグ、とんかつ、グラタンなど
太るものばかりでしたね。

 

ゲームはファミコンとスーパーファミコンの両方を
やってました。

 

当時は、ドラクエにハマっていました。
ファミコンのドラクエⅡが非常に難易度が高く、
小学校低学年レベルではクリアするのが
困難でした。

 

しかし、スーパファミコンのドラクエⅤは自力で
クリアすることができました。

 

その15,6年後にAGAという名の大魔王の脅威に
さらされることなど知る由もなく、
無邪気な小学校生活を送っていました。
(のちにその大魔王も倒すことができ
ハゲのドラクエをクリアできましたが)

 

肥満児ではあったものの、こんな幼少期から
ハゲの兆候など表れるはずもなく、将来自分がハゲる
なんて想像もつきませんでした。

 

ハゲの兆候が表れるのはずっと先の話ですが、
小学校卒業後、ハゲる要因になりうるであろう
異変が私の体に表れるのでした。
→プロフィール2話:男性ホルモンが多い体質が定着した中学時代


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低コスト育毛マスター:本庄雅人 26歳のころ、仕事のストレスで
薄毛になり白髪が大量に増えた。
29歳でAGA診断、高額な治療費に頭を悩まされた。その後、コストを1/5以下に下げて1年も経たないうちに
AGAを克服。現在では、薬を一切使うことなく髪を維持できている。 ⇒詳しいプロフィールはこちら
 
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